恋愛小説「バニラシェイクの恋」

店のドアを開けると、甘いバニラの香りが鼻をくすぐる。私がこのファミレス「サニーサイド」でバイトを始めて、もう三ヶ月が経った。

「おはよう、美咲」

厨房から聞こえてきたのは、先輩の声。高校三年生の桐谷先輩は、私より一学年上で、このお店のエースバイトだ。

「おはようございます、先輩!」

私は元気よく返事をしながらロッカーに向かう。制服に着替えて鏡を見ると、自然と口元が緩んでしまう。だって今日は、先輩と夕方までシフトが一緒なんだもん。

「今日は土曜日だから混むぞ。気合い入れていこう」

先輩がエプロンを締め直しながら言う。その横顔を見つめていると、ドキッとする。切れ長の目、高い鼻筋、それに何より、お客様に向ける優しい笑顔。

「美咲、ぼーっとしてないで準備して」

「あ、はい!」

慌てて視線を逸らす私。バレてないよね、この気持ち。

ランチタイムは予想通りの大混雑。オーダーを取って、料理を運んで、テーブルを片付けて。息つく暇もない。

「美咲、三番テーブルのオーダー通して」

「了解です!」

先輩とのコンビネーションは完璧だ。私が料理を運ぼうとすると、先輩がさりげなくドアを開けてくれる。私が困っていると、先輩が助けてくれる。

「はい、お待たせしました。ハンバーグセットとオムライスです」

料理を運びながら、ふと先輩を見ると、厨房で料理を受け取りながらこっちを見て微笑んでいた。その瞬間、心臓がバクバクする。

ピークタイムが過ぎて、ようやく一息つける時間。

「美咲、上手くなったな。最初の頃は皿を落としそうになってたのに」

先輩がからかうように言う。

「もう! あれは先輩が急に話しかけてきたからじゃないですか」

「そうだっけ?」

先輩がクスッと笑う。その笑顔を見ていると、胸がキュンとする。

「先輩、大学受験は?」

「まあぼちぼち。第一志望は厳しいけど、頑張ってるよ」

「絶対受かりますよ。先輩なら」

「ありがとう。美咲が応援してくれるなら頑張れる」

え? 今、なんて? 私の応援で? 頬が熱くなるのがわかる。

そんなある日の夕方、バックヤードで休憩していると、先輩の携帯が鳴った。

「悪い、ちょっと出るわ」

先輩が席を外す。少しすると、楽しそうな声が聞こえてくる。

「うん、うん。土曜日? いいよ、楽しみにしてる」

誰との電話だろう。気になって、つい聞き耳を立ててしまう。

「ああ、楽しみだよ。じゃあね、ちはる」

ちはる? 女の子の名前? 胸がギュッと締め付けられる。

それから数日後、店長が嬉しそうに言った。

「桐谷くん、彼女できたんだって? 大学で知り合った子らしいよ」

その瞬間、世界が止まった気がした。

「そうなんですか…」

私はなんとか笑顔を作ったけど、心臓が痛い。息ができない。

その日から、先輩を見るのが辛くなった。話しかけられても、上手く笑えない。シフトが一緒でも、嬉しくない。むしろ、苦しい。

「美咲、最近元気ないけど大丈夫?」

先輩が心配そうに聞いてくる。

「大丈夫です。ちょっと疲れてるだけなので」

嘘だ。本当は、先輩のことが好きなのに、先輩に彼女がいるって知って、辛いだけ。

ある日の閉店作業中、我慢できなくなった。

「先輩、彼女さんとは上手くいってるんですか?」

言ってしまってから後悔した。でも、もう遅い。

「え? 彼女?」

先輩がキョトンとした顔をする。

「ちはるさん、ですよね」

「ああ、いとこの千春ね。彼女じゃないよ。もしかして店長から聞いた?

「あ…はい…」

「千春は俺のいとこで、大学進学の相談に乗ってただけ。店長、何か勘違いしたのかな」

いとこ? 彼女じゃない?

「じゃあ、先輩には好きな人とか…」

聞きたくないけど、聞かずにいられない。

「いるよ」

その一言で、また胸が締め付けられる。

「そっか…」

「美咲だよ」

「え?」

顔を上げると、先輩が真っ直ぐに私を見ていた。

「ずっと好きだった。でも、俺は受験生で、美咲はまだ二年生で。告白するのは早いかなって思ってた」

心臓が爆発しそう。これ、夢? 夢じゃないよね?

「私も…私も先輩のこと、好きです!」

気づいたら、言葉が口から飛び出していた。

先輩がフッと笑う。優しい、温かい笑顔。

「じゃあ、受験終わったら、バニラシェイク奢るから、デートしような」

「はい!」

閉店後のファミレス。二人だけの空間で、私たちは笑い合った。

窓の外では、街のイルミネーションがキラキラと輝いている。私の心も、同じくらいキラキラしていた。

きっと、このバニラシェイクの香りを嗅ぐたびに、この日のことを思い出すんだろうな。

私の、最高の恋の始まり。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です